はじめに:ハードロックの王者が「デジタルユニット」だった頃
日本を代表するロックバンド、B’z。彼らのパブリックイメージといえば、スタジアムを揺らす轟音のギターサウンドと、稲葉浩志のシャウトが響き渡るハードロックでしょう。しかし、その伝説の始まりであるファーストアルバム『B’z』を聴いたことがあるでしょうか。
1988年9月21日にリリースされたこのデビューアルバムを初めて聴いた人は、おそらく衝撃を受けるはずです。「これがB’zなの?」と疑ってしまうほど、現在のスタイルとはかけ離れたサウンドが展開されているからです。生ドラムは一切使われず、打ち込みによるデジタルビートが支配する音像。そして、まだ少し線が細く、若々しさが残る稲葉浩志のボーカル。
しかし、このアルバムを「初期の迷走」や「未完成品」として片付けてしまうのはあまりにも勿体ないことです。じっくりと耳を傾ければ、そこには確かなメロディセンスと、後のブレイクへと繋がる「B’zらしさ」の萌芽が散りばめられています。
この記事では、B’zファン歴の長い筆者が、記念すべきファーストアルバム『B’z』を全曲レビューと共に深掘りします。なぜ彼らはデジタルサウンドでデビューしたのか、そしてこのアルバムの真の魅力はどこにあるのか。30年以上の歴史の「0地点」を一緒に紐解いていきましょう。
今のB’zとは別物? 1stアルバム『B’z』の衝撃と時代背景
このアルバムを理解するためには、1988年当時の音楽シーンとB’zの結成背景を知る必要があります。当時、日本の音楽シーンはバンドブームの真っ只中でしたが、ギターの松本孝弘はあえて「バンド」ではなく、ボーカルとギターの2人組「ユニット」という形態を選びました。
そこには、当時松本孝弘がサポートメンバーとして参加していたTM NETWORKの影響が色濃く反映されています。シンセサイザーを多用したダンスビートに、ロックなギターを乗せるというスタイル。これは当時の最先端であり、既存のロックバンドとの差別化を図るための戦略でもありました。

そのため、本作『B’z』は全編を通して「打ち込み(プログラミング)」が主体です。人間味のあるグルーヴではなく、無機質で正確なビート。そこに松本のテクニカルなギターと、稲葉のハイトーンボイスが乗るという構成は、現代の耳で聴くと「80年代レトロ」な雰囲気を強く感じさせます。
しかし、単なる流行りの音で終わっていないのが本作の凄いところです。サウンドプロデュースには明石昌夫が関わっており、デジタルでありながらも決して薄っぺらくない、緻密に計算されたアレンジが施されています。当時のキャッチコピー「最先端から加速する」という言葉通り、彼らはここから日本の音楽シーンを駆け抜ける準備を整えていたのです。

【全曲レビュー】B’zの原点を聴く
それでは、アルバムに収録されている全9曲を順に見ていきましょう。一曲一曲に、若き日の二人の情熱と試行錯誤が詰まっています。
1. だからその手を離して
記念すべきデビューシングルであり、B’zの歴史の幕開けを告げる一曲です。イントロのシンセサイザーのリフはあまりにも有名ですが、注目すべきはギターのカッティングです。ハードに歪ませるのではなく、クリーントーンに近い音色でリズムを刻む松本のプレイは、当時のダンスロックへの回答と言えるでしょう。稲葉のボーカルも、現在の力強いスタイルとは異なり、どこかクールで都会的な響きを持っています。「お松」「イナバ」と呼び合っていた当時の二人の距離感さえ感じるような、初々しくも完成されたナンバーです。
2. Half Tone Lady
80年代後半のディスコサウンドを象徴するような、ダンサブルなナンバーです。タイトル通り「あやふやな女性」に翻弄される歌詞は、稲葉浩志の初期の詞世界の特徴である「少し情けない男性像」が見え隠れします。サビのメロディは非常にキャッチーで、一度聴いたら耳から離れません。間奏のギターソロでは、短い小節数の中でしっかりとテクニックを見せつけており、デジタルサウンドの中でも「ギタリスト・松本孝弘」の自我が垣間見える瞬間です。
3. ハートも濡れるナンバー ~stay tonight~
デビューシングルのカップリング曲でもあります。ミドルテンポで哀愁漂うメロディラインは、後のB’zが得意とする「短調のロック」の原型とも言えるでしょう。特筆すべきは、当時の稲葉の声質にマッチしたキー設定です。無理に張り上げることなく、中低音域の魅力を活かした歌唱は、この時期ならではの色気があります。シンセベースの重たいビートが、夜の都会の雰囲気を演出しています。
4. ゆうべのCrying
ポップで明るい曲調の中に、どこか切なさが同居する隠れた名曲です。この曲の聴きどころは、デジタルなバックトラックに対して、松本のギターが非常にブルージーなフレーズを弾いている点です。最先端の音を目指しながらも、根底にあるルーツミュージック(ブルースやハードロック)へのリスペクトが隠しきれず溢れ出ているのが分かります。歌詞の言葉選びも、日常の些細な風景を切り取る稲葉節が既に発揮されています。
5. Nothing To Change
アルバムの中で唯一のバラードらしいバラードと言える楽曲です。初期のB’zには珍しく、ギターの音色が前面に出るのではなく、鍵盤とボーカルが主役となっています。若さゆえの迷いや葛藤を描いた歌詞は、今の稲葉浩志が歌っても違和感がないほど普遍的なテーマを扱っています。派手さはありませんが、アルバムの構成において重要な「静」の役割を果たしており、聴き手の心を落ち着かせてくれる一曲です。
6. 孤独にDance in vain
TM NETWORKの小室哲哉から楽曲提供を受けた、B’z史上唯一の「作曲者が松本孝弘ではない」楽曲です。それだけに、メロディラインの運びが明らかに他の曲とは異なり、いわゆる「小室節」が炸裂しています。転調の多さやサビの展開は非常にスリリングで、それを歌いこなす稲葉のボーカルスキルにも驚かされます。B’zのアルバムの中にありながら、異物感と特別感を放つ、歴史的資料価値の高い一曲です。
7. It’s not a dream
個人的に、このアルバムの中で最も「B’zらしさ」を感じるのがこの曲です。サビの高揚感、マイナーコードからメジャーへ抜ける展開、そしてギターソロの構成。これら全てが、後に大ヒットする「LADY NAVIGATION」や「ZERO」などの萌芽を感じさせます。歌詞も前向きなメッセージ性が強く、ライブで演奏されれば間違いなく盛り上がるであろうポテンシャルを秘めています。初期ファンからの人気も高い、隠れたキラーチューンです。
8. 君を今でも抱きたい
タイトルからして直球のラブソングですが、サウンドは非常にクールでアーバンな仕上がりになっています。この曲の面白さは、Aメロ・Bメロの抑えたテンションから、サビで一気に感情が爆発するところです。そのコントラストは、デジタルビートの冷たさと、人間味のあるボーカルの熱さの対比そのものです。ラストに向けて畳み掛けるようなボーカルワークは、後のハードロック・ボーカリストとしての片鱗を覗かせています。
9. Fake Lips
アルバムのラストを飾るのは、アップテンポで疾走感のあるナンバーです。ライブ映えする楽曲で、初期のツアーでは重要なレパートリーとして演奏されていました。歌詞の内容は「嘘つきな唇」というタイトル通り、少し危険な香りのする恋愛を描いています。アルバム全体を通して聴くと、最後にこのエネルギッシュな曲が来ることで、「次はもっと凄いことをやってやる」というバンドの野心のようなものが感じられ、爽快な読後感(聴後感)を残してくれます。
「失敗作」ではない! デジタルビートに隠された「戦略」の凄み
ネット上のレビューなどで、たまにこのファーストアルバムを「黒歴史」や「失敗作」と呼ぶ声を見かけることがあります。しかし、それは大きな間違いです。確かに売り上げ枚数こそ振るいませんでしたが、音楽的な完成度と戦略的な意義においては、間違いなく「成功作」であり「名盤」です。
なぜなら、このアルバムで「打ち込みとロックギターの融合」という実験を徹底的に行ったからこそ、B’zは独自の立ち位置を確立できたからです。もし最初からありきたりなバンドサウンドでデビューしていたら、数多あるバンドブームの中に埋もれてしまっていたかもしれません。
このアルバムにおける「デジタルサウンド」は、以下のような効果を生み出していました。
- ギターの音色を際立たせる: 生ドラムやベースがいない分、ギターの周波数帯域がクリアになり、松本孝弘の繊細なカッティングやトーンが詳細に聴こえる。
- ボーカルの個性を浮き彫りにする: 無機質なバックトラックだからこそ、稲葉浩志の声に含まれる倍音や感情表現がダイレクトに伝わる。
- ライブでの再現性への挑戦: 2人だけでどうやってライブをするか?という課題が、後のサポートメンバーを含めた強固なバンドサウンド構築への布石となった。
つまり、ファーストアルバム『B’z』は、彼らが巨大なロックアイコンへと進化するための「強固な土台」だったのです。この時期があったからこそ、後の『RISKY』や『IN THE LIFE』といった名盤が生まれたと言っても過言ではありません。

まとめ:30年以上の歴史はここから始まった
B’zのファーストアルバム『B’z』について、感想と評価を綴ってきました。現在のハードロックなB’zを愛する人にとっては、最初は違和感があるかもしれません。しかし、ここにはB’zの「核」となるメロディセンスと、音楽に対する真摯な姿勢が純粋な形でパッケージされています。
改めてこのアルバムのポイントを振り返ってみましょう。
- 時代を映す鏡: 80年代後半の空気感とデジタルビートが見事に保存されている。
- 原石の輝き: 若き日の稲葉浩志の声と、松本孝弘のセンスが既に完成されつつある。
- 進化の予感: 単なるダンスポップではなく、ロックバンドへ変貌する予兆が随所にある。
もしあなたが「Ultra Soul」や「イチブトゼンブ」しか知らないのであれば、ぜひ一度、この原点に触れてみてください。そこには、まだ誰も知らない、けれど確かな野心を秘めた二人の青年の姿があります。彼らの物語の最初の1ページを開くことで、B’zというバンドがもっと好きになるはずです。
そして、このアルバムを聴き終えた後、2枚目、3枚目と順に聴き進めてみてください。彼らがどのようにして「デジタルユニット」から「最強のロックバンド」へと変貌を遂げていったのか、その進化の過程こそが、B’zを聴く最大の醍醐味なのですから。


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